2009年07月01日

新・刑事コロンボ 49話「迷子の兵隊」

新・刑事コロンボ「迷子の兵隊」
Grand deceptions / 1989[第8シーズン 49話]

犯人が悪人なだけに、殺害動機は十分!


これは初回放送時に見ています!国防関連財団の幹部ブレイリー大佐(ロバート・フォックスワース)が部下のキーガン曹長を殺害。動機はブレイリー大佐が財団を利用し私腹を肥やしていたり、名誉会長であるパジェット将軍の妻との愛人関係を暴露すると脅迫されたためで、殺害動機は十分です。


「祝砲の挽歌」に似ているか?


この作品を最初に見た時は「祝砲の挽歌」とイメージが重りましたが、こうして改めて見てみると、随分違うテイストでした。とにかくブレイリー大佐なる人物がかなりの悪人で、戦争帰りの「タフさ」が悪の方向に向いています。殺されたキーガン曹長は生き様として正当性を感じませんので、ドラマ自体に美しさは全くありません。殺害状況には若干無理を感じますが、全体の流れとして受け止めることはできます。

物語は、結構面白いのです


キーガン曹長が「恐喝」という新たな職を得たこと。愛人関係にあったパジェット将軍の妻ジェニーがコロンボの車を発見し、密会場所に現れなかった場面。笑いを誘う教会のシーン。いろいろ見どころはありましたね。秘密のファイルが「赤と緑」に色分けされている設定も笑えます。パジェット将軍は美しく描かれていると感じました。軍人とはかくあるべき、でしょうね。

ただし、トリックには大疑問です


決め手になる段ボール箱の件は、容認できません。私は何回も引っ越した経験がありますが、宅配業者に問い合わせれば「中身が本であったか否か」は歴然。本が段ボール箱いっぱいに詰まっていれば、重くて容易に持てませんね。その点、中身が人形であれば重量は数分の一です。なので、段ボールの容積を量る以前の問題です。また「人形を並べていた=強力なアリバイがある」というものかなり強引な印象です。共犯者がいた可能性がゼロであれば別ですが。

すでに敗色濃厚だ


日本語版では犯人ブレイリー大佐が「すでに敗色濃厚だ」という台詞で終わります。これは、コロンボ作品らしいエンディングで気持ち良いです。権利の説明とコロンボ人形のアップのシーンは、新シリーズならでは…かな。

邦題「迷子の兵隊」


原題は「Grand deceptions」で直訳「壮大な詐欺」となりました。軍隊と全く無関係のタイトルになってしまいますので、「迷子の兵隊」は大正解でしょうか。この迷子の兵隊とは殺されたキーガン曹長を比喩したものと考えます。刑事コロンボ'90版では「おもちゃの兵隊」というタイトルでしたか、「迷子の兵隊」の方が好きかな〜。

ステファン・エリオット


出演した俳優陣は好きでした。パジェット将軍のステファン・エリオットは声優の北村和夫さんとセットで大満足です。エリオットは初期作品31話「5時30分の目撃者」でジョージ・ハミルトンに殺さる被害者「カール・ドナー」として出演。日本語の北村和夫さんは「権力の墓穴」ハルプリン次長も素敵。


アンディ・ロマノ


キーガン特務曹長のアンディ・ロマノも良かったです。軍人アガリのタフさが出ていてリアリティがありました。「ポッポ」「ネンネ」など、下品なスラングを連呼するも、綺麗好きな一面もあり、独特のキャラクターが際立っていました。


ジャネット・エイルバー


将軍の若き夫人ジェニーのジャネット・エイルバーも印象に残りました。単にパジェット将軍の地位と名誉に目がくらんだ馬鹿女には描かれていませんでしたね。


日本語版吹き替えは羽佐間道夫さん


吹き替えの羽佐間道夫さんは絶妙です。日本声優界の大御所の一人です。シルヴェスター・スタローンのロッキーなど数々の名作で吹き替えを担当。マイナーな仕事ですが「巨人の星の速水譲次」では、意地悪な声色が強烈で大好きでした。

監督:サム・ワナメイカー
脚本:シイ・サルコッツ
ブレイリー大佐:ロバート・フォックスワース
パジェット将軍:ステファン・エリオット
ジェニー・パジェット:ジャネット・エイルバー
キーガン特務曹長:アンディ・ロマノ
 
加筆:2013年10月08日
 
 
 
posted by ぼろんこ at 18:24 | Comment(11) | 新シリーズ(46話〜69話)
この記事へのコメント
トリックの疑問、同感です。
新シリーズ特有の、雑なトリックですよね。

今作の犯人は極めて悪質なのは間違いないですが、何故かそれが表情に表れないですね。
羽佐間さんの吹き替えも随分と落ち着いていた印象です。
Posted by タップおばさん at 2015年05月26日 23:38
タップおばさん、新作まできちんとご覧になっているようですね。私はこの作品、割と好きです。
Posted by ぼろんこ at 2015年10月02日 22:45
エピソードの良し悪しは、一度見て記憶に残るか否かで決まると思う。
このエピソードなどは、何回見ても「アレ何だっけ?」ってなり見直さないと
コメントもできない。

エピソード評価基準について、細かく挙げると、
・トリックが巧妙で隙が無いこと
・殺害動機に同情できるか、全く同情できないこと
・コロンボの捜査進捗に唐突感が無く、小さな状況証拠を積み上げていって
 犯罪の全体像を鮮明に描き出せていること
・追いつめられた犯人が焦りを伴ってくること
 (追加証拠ねつ造による自爆は、無くても良い)
・決定的証拠を暴きだして、それが裁判でも勝てる内容であること
・最後、犯人との間で深い信頼関係を結ぶか、又はそうでないことがハッキリ
 している
つまり、メリハリがあって切れ味鋭い筋肉質の内容であってほしい。
新シリーズでは、どうも贅肉が多いような気がする。

このエピソードに戻して・・・

演習なのに、即死するような危険な火薬量を使うのだろうか?。
そこから疑問がある。

夫人へ事情聴取する場面がある。大佐との関係を突き付けられる場面。
最後、大佐との関係を捜査上、夫へ伝えるかどうかを夫人から問われたときの
コロンボの切ない表情が印象的で、思わずウルウルしてしまった。
その続き、夫人の夫将軍への告白は、とても切なく悲しいものでした。
これは、大佐の悪らつさを引き立てるものですね。

大佐は、最後でなぜ観念したんでしょうか?。全然分かりません。
動機、方法、チャンスが揃ったら犯人なんですか?。違いますよ。
決定的証拠に欠ける、さえない終わり方でした。
Posted by トレモニ at 2015年11月12日 01:09
ジェニーが夫パジェット氏へ告白する場面。
ジェニーの悲しげな心情は、名作「指輪の爪あと」のケニカット夫人に通じる
ところがある。ケニカット夫人は悔い改め、犯人の誘いを退けた至誠があった。
しかし、生前、夫へ悔い改めを告白できなかった。さぞ無念だったろう。
その至誠は犯人の善い魂を呼び覚ますという奇跡を起こさせ、ドラマとして
屈指の名場面を現出させた。

ジェニーは、生きて悔い改め猛省した心情を夫へ示そうとする。
それは、不倫が明るみに出るとかっこ悪いから、その前に自分の口から・・
などというヨコシマなものでは決してない。
夫からの深い愛情と、男としての真情とを吐露され何も言えなくなる。
ジェニーは、夫の愛情の深さが、自分のそれを遥かに超えていることに気付か
される。夫に比べれば、ジェニーは、独りよがりな女でしかなかったことが
よく分かる。

「愛情の計算」では、ニコルソン博士は「若い奥さんが浮気もしないで・・」
と寛大な発言をする。こういう人格者は、似たようなところがあるらしい。
Posted by トレモニ at 2015年12月28日 07:58
見終えてから、英語の原題の意味を調べてみました。

Grand = 堂々とした → ぬけぬけとした・ふてぶてしい

deceptionns = 欺瞞

と解釈した時に、ストーリーの人間模様が浮かび上がりました。

パジェット氏以外の登場人物が皆、<ぬけぬけとした嘘・欺瞞>の態度で生きている。
氏に対して・・・。

妻は言うに及ばず、被害者も氏の全幅の信頼を裏切った。
犯人に至っては、裏切りを独善で解釈した結果、<必要悪だ。>とまで信じるようになっていた。

皆が欺瞞の人間模様。
どうにもならない。

コロンボの執拗な責め苦にあった妻が、夫に真相を打ち明けるのも、とっても欺瞞に感じてしまう。

「優しい嘘は時に真実よりも価値がある」
と、過去にコロンボは言っていた。
彼女に私も言いたい。

自己の十字架は、一人で死ぬまで背負わなくては駄目!と。

なのに、途中で重いから、辛いからと十字架を下ろし、事もあろうに半分を夫に背負わせてしまう。
泥を吐いた貝はラクになることでしょう。
でも夫は、妻の吐いた泥をかぶり、呻吟することになるのです。

もちろん裁判ともなればすべてはばらされます。
でもあのシーンでの告白は、許せません。
自己がラクになりたいがための偽善です。

ああ、私やっぱり真実を伝える強い女よ!
と、正義をかざすその内面がとても醜いです。

むしろシラをきって、嘘を貫きとおしてみせる気概ある人間がいいなぁ。

告白の動機が大切だと思うのです。

自己の安逸を求めるためだけなのか?
責め苦を背負う覚悟で、離婚覚悟で、すべてを捨てる覚悟で告白するのか?

「夫を愛するようにはあなたを愛せない」
と言いながら愛人とベッドを共にする彼女は、誰に対しても欺瞞で接している。
性的な角度から見ると。

夫と居ると愛人を思い、愛人と居ると夫を思う。
心の安らぐ時がないだろうに・・・。
本当の愛を知ってほしい。
でないと幸せになれない。
夫の元で、気高い精神性を培い、人間として魅力的に成長し、深い愛を体得してほしい。
若い人々に伝えられるほどの愛を。

迷子の兵隊とは、この物語の主要登場人物すべてにあてはまるんだな、と感じました。

誰かの手によって正しい場所に戻されることで、安心して使命を全うできる、という点で。

コロンボの果たした役割は、皆を正位置につかせてあげた、ということだと感じました。

パジェット氏は理想を求めるだけでなく、もっと現実を直視して、実務的に生きることをしないと、皆彼を英雄視するだけで人間臭さを知らぬままに終わってしまう。

妻の告白、部下の裏切り、すべてを背負って、余生を努力し続ける人として生きて欲しい。
過去の栄光だけが彼の魅力じゃない。
知性、ユーモア、人情味、、溢れる人徳をもっと現実に生かしてほしい。

また沢山教わりました。
ありがとう。
Posted by ひびき at 2016年02月16日 22:50
初めまして。去年からBSで見るようになって病みつきになりました。(現在2回り目)
そしてビデオに撮ったのを見終わると、ここに来るのがお決まりになりました。いろんな感想、情報が得られて楽しいです。
しかし最近、コロンボのこんなところがイヤだな、と思うようになりました。私がへそ曲がりなのかと思いつつ、日米の国民性?の違いなのかとも思っています。みなさんはいかがですか?

1.豪華なお屋敷、オフィス、ブティックなどでも無遠慮に葉巻を吸う
2.帰ると見せかけての第2、第3のしつこい質問(追及)※お決まりだけどちょっとイヤラシサを感じてしまう
3.テレビのサイズのせいかもしれないが、相手に体を近づけ過ぎる
4.後期になるにつれ、(俳優として)富と名声を得たためか、態度が大きくなった。(ベテラン刑事になったから、という以上に)
5.犯人が証拠品を処分しようとするとき、神がかり的タイミングで現れる 
6.犯人の仕事と甥っ子が関係し過ぎ ※ネタだけど
7.最後、どうだ暴いてやったぜ感で終わることが多い。

などなど。

と言っても、毎回飽きずに見ちゃうんですけどね。
Posted by ツァバール at 2016年03月09日 20:33
初めてコメントします。
BSTBSで放送されていることをたまたま1ヶ月ほど前に知り、それ以降ずっと楽しみに見ています。
それと併せてこちらのブログも興味深く拝読しています。
すっかりはまってしまって、初期の作品をじっくり観たいなと思い、先日DVDセットをポチッとしてしまいました。届くのが待ち遠しいです。

私もところ構わず葉巻を吸うシーンにはいささか違和感を覚えますが、時代の流れでしょうかね。
今では屋内・館内は全面禁煙が主流ですものね。

ドラマの本筋からは逸れますが、女性のメイクやファッションにも時代を感じて、見ていて面白いです。
Posted by むーたん at 2016年03月10日 19:49
初期作品では、タバコを吸う女性が多いです。これも時代を感じますね。
Posted by ぼろんこ at 2016年03月11日 20:46
ツァバールさん>「相手に体を近づけ過ぎる」というので…笑ってしまいました。確かにね。
Posted by ぼろんこ at 2016年05月04日 14:44
少し気になったので、書いておきます。
Stephen Elliottはスティーブン・エリオットとするのが、より原音に近いと思います。

余談ですが、彼は「ビバリーヒルズ・コップ」(所長役)で紙を丸めて持っていましたが、あれはセリフをなかなか覚えられなかったためにスクリプトを持っていたそうです(笑)。
Posted by JAMES at 2016年05月22日 07:56
BSTBSでの本日の再放送を見ていて
気になった小ネタですが…

大佐が易の棒の束を振って出した卦、
画面通りなら「地火明夷」という卦のようです。
主な意味は「賢明な人が身を隠さざるを得ない時」とか。
また、その意味を大佐は「井戸に座っている女」と言っていましたが、残念ながらそのような意味は見出せませんでした。
Posted by Y.M at 2017年06月03日 14:22
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どうぞ悪戯の書き込みはお控えください。
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I think that you can understand. I appreciate your self-control.

筆者ぼろんこが1970年代にNHKの総合テレビで刑事コロンボに出会った頃は小学生でした。それから30数年後の2009年にNHK BSで再会した時、その素晴らしさにあらためて感銘し、自分なりの解釈をブログに書きためるようになったのでした。